2022.12.01

【第2話】ニックネーム

~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~


小学校のクラスメートの名前を思い出してみる。ブーちゃん、さる、ハタケ、チビ太、ライア、オタマ、リキ、ほくろ、やっぺ、ゼッペキ。な、なんだこれは? アニマルハウスか? ブーちゃんは太ってるけど強そうなので、デブからブーちゃんに格上げになったはずだ。本名は知らない。さるは当然猿に似ているからだけど、本人は「オレが猿に似てるんじゃなくて猿がオレに似てるんだ」と父親に教えられた通りに何度も言っていた。ハタケは顔にいっぱいハタケができていたので、転校してきた日に挨拶代わりにボクが名付けた。チビ太はそのままだ。ライア? これは単純に新井だ。こいつは珍しく本名を思い出したぞ。オタマはオタマジャクシみたいなやつだった。リキは力道山にソックリだった。などなど、申し訳ないけどほとんど本名を思い出せない。今思うと残酷なアダ名を平気で付けて呼んでいたものだ。ここには書けないような超差別的なアダ名のやつもいたけど悪気はなかった。いっぽう学級委員をやったことのあるやつは「くん」づけだ。ボクは成績ではなく、人気投票で学級委員に選ばれたことがあるので、ずっと景クンと呼ばれていた。つまり小学校のマハラジャ階級にいたのである。

大学生の時に町でさるを見かけた。しかし本名が思い出せない。人ゴミの中で「さる! 岸谷小学校出身のさる!」とも呼べず、声をかけそびれてしまった。彼とは結局小学校以来一度も言葉を交わしていない。あの時に本名を覚えていたら、お互いの運命も変わっていたかもしれない。いや、ひょっとしたら彼はどこかでボクを見かけているかもしれない。しかし「さる」と呼ばれるのを嫌って声をかけてくれなかったのかもしれない。そう言えば町でクラスメートに声をかけられたことがない。むちゃくちゃにアダ名をつけた罰なのか、マハラジャの宿命か。

社会人になってから、尊敬する先輩(英語がペラペラでダンディ)と東京を歩いている時、先輩の旧友とバッタリ会ったことがある。その時「よう、タコ。元気か?」とボクの前で言われて先輩は辛そうだった。それを見てボクも肩を落とした。それから一時間ほどふたりは無言だった。

蛇足ながら、中学の時もボクの悪癖は治らなかった。怪獣映画「サンダ対ガイラ」にちなんで、クラスの不美人ふたりにサンダとガイラという名前をつけた。このふたりはきっと暗い中学生活を送ったに違いない。申し訳ないと思っています。蛇足をもうひとつ、ハタケの母親からボクの母親に「ひどいアダ名をつけられた」とクレームが入ったことがあった。翌日からハタケは意味もなく「アチャパー」と呼ばれることとなった。マハラジャには逆らえないのだ。