~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~
学生の頃、ボクたちはいつも四人で旅をした。四人ならいつでも麻雀ができるというのも大きな理由だ。ほとんど宿の予約もしないような旅だった。
石川県金沢で、交通事故に遭った共通の友人を見舞った後、ボクたちは夜の十時過ぎに奈良駅に着くという無茶をした。もちろん宿は取っていない。だいだい奈良に行くのも金沢の駅で決めたことだ。宿はどこもいっぱいか、遅すぎるかで断られ、ボクたちは仕方なく奈良駅構内のベンチで寝ることにした。その待合室は明るすぎて、ボクたちはシュラフのジッパーを頭の上までしっかり閉めて眠った。長旅の疲れは長椅子の固さを感じさせず、ボクたちは引きずり込まれるように眠ってしまった。
真夜中、言い争う声で意識が戻った。シュラフをしっかり閉めているので、目をあけても何も見えない。人が殴られる音がして、二、三人の怒声が響いた。「連れて行け」という声。嫌がる男が車に乗せられて、そして遠ざかる車の音。いったいなにがあったんだろう。ボクは心臓が高鳴るのをジッとこらえていた。あの男の人はきっと殺されるんだ。警察に連絡しよう。・・・でも行ってしまってよかった。かかわりあったら大変だ。・・・とその時。
「手間かけやがって。あとで思い切りヤキを入れてやれ」と突然耳元で声がした。まだいたんだ。それもすぐ近くに。「おい、見ろよ。コイツら」図太い声だ。こいつが兄貴分だろう。そして沈黙。その時の怖かったことといったら。最悪のことを考え、汗だくになって、固くなって耐えた。長い長い沈黙。こういう無防備な状態は危険だ。ナイフで刺されても抵抗できない。でも金縛りにあったように動けない。そのうちに男たちがボクたち蓑虫のまわりを歩き出した。たぶん三人だった。
「どれにする」「これにしましょう」
滑るようなジッパーの開く音、と同時に「ギャーッ」と友人の悲鳴。刺されたと思ったが動けない。次は自分がやられる。早く逃げなくちゃ。でも全然動けない。このまま死ぬのは嫌だ。すると「なんだ、男じゃねえか」と図太い声。「情けねえ声出すんじゃねえよ」と下っ端の声。ゲラゲラという笑い声が遠ざかり、蓑虫たちはゴソゴソと這い出して来た。「大丈夫か」「オマエら、寝たフリしてたな」「違うよ。夢かと思っていたから」「もう戻って来ないかな」「朝まで起きていようか」
みんながみんな、後ろめたいような恥ずかしいような思いで夜を明かした。あれ以来、この話をしたものはいない。