コーヒーブレイク|セイノーロジックス株式会社

【第8話】ローラースケート

作成者: セイノーロジックス株式会社|2023.05.30

~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~


ボクが小さい頃、我が家を含めて近所は木造のあばら屋ばかりだった。我が家の外壁にはネコが隠れていても不思議はないほど大きな穴があちこちに開いていて、その中ではボクが詰め込んだ食べカスや漫画本が雨を吸って膨らんでいた。だからといって乞食のような生活をしていた訳ではない。金持ちではなかったけれど貧乏というほどでもなく、日なたにいるような幸せな日々だった。ボクはこの外壁の穴の中に、ローラースケートを隠していた。

豊かではなかったけれど、一人っ子のボクが親類からもらうお年玉はそこそこの金額だったろう。両親が「お年玉というのは親にくれているので子供が遣ってはいけない」と難しい理屈を言うので、ボクはお年玉はいつも袋ごと親に渡していた。ボクがもらった金額に応じて両親も相手の子供にお年玉をあげていたので、やはりお年玉というのは親同士の間の儀式のようなものかもしれない。しかし予想に反して、ボクの十五年間のお年玉は貯金通帳となって二十歳の誕生日に親から渡された。両親がネコババしていると思っていたのでちょっと感動した。

そんな十五年間の間に、一度だけ内緒でお年玉を遣ったことがある。当時ブームだったローラースケートを買ったのだ。叔母はどういう訳か「親に言うんじゃないよ」と言ってそのお年玉をくれた。それまで自分で買った最高金額の、それも内緒のローラースケートは、ボクには荷が重い秘密となった。壁の穴に隠したまま家の中に入れてもらえないローラースケートに申し訳なく思ったりした。そして、とうとう親父に見つけられ、コテンパンに怒られた。

最近その叔母が亡くなった。その顔を見ていたら、このローラースケートのことが思い出されて泣けた。それまでスッカリ忘れていたことだったのに。