~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~
小学校5年の時、父が駅の新聞売りのおばさんから穴の空いていない5円玉をもらってきた。ボクはこの5円玉に興味を覚え、これを熊か豚の貯金箱に入れた。父はボクの喜ぶ顔を見たくて毎日何枚もこの5円玉を持ち帰り、いつの間にか数百枚に増えていた。そのうち町のどこからも穴の空いていない5円玉は姿を消して、ズシリと重い貯金箱は忘れ去られた。
中学になって金遣いの荒くなったボクはひょんなことからこの貯金箱を思い出し、探し出し、躊躇なく割った。百円のラーメンを食べるのに二十枚の5円玉で払った。少年マガジンも駄菓子もポケットにぎゅうぎゅうに詰まった5円玉で払った。そして父にばれて殴られた。この貯金箱がボクの最初の貯金箱だと思って書き始めたのだが、違う、ちがう、まだ小学校2年か3年の時にポストの形かどうかは忘れたが、とにかく赤い貯金箱を持っていたっけ。
ボクはひとりッ子のカギッ子だったので、飼い犬のトコを弟のように愛していた。雨の日いっしょに犬小屋で寝ながら親の帰りを待っていたことも何度もあった。いつでもいっしょで、誰もが兄弟のようだと言った。
ある日夕食が終わると、タイミングを見計らって父が「トコが死んじゃったよ」と言った。驚いたボクは裸足で庭に飛び出して、毛布にくるまったトコを抱きしめて大声で泣いた。泣いて泣いて、それでも、そうすれば生き返ると信じているかのように泣いた。そして、剥製にして家の中に置いて欲しいと父を困らせた。
もう真夜中だった。ようやく父に説得されたボクは、シャベルを担ぎ、トコを抱いて山に入り穴を掘った。でも毛布にくるまったトコに土をかけられず、シャベルもそのままにして家へ走った。そして机の上にあった赤い貯金箱をつかむと、すぐに走って山に戻った。その頃のボクにしては大金の二百円ぐらいが入っていたと思う。ボクはその貯金箱を毛布の上に乗せて、丁寧に土をかけた。そう、あれがボクの最初の貯金箱だ。あの二百円で、トコが天国に行けたなら嬉しい。