2024.01.31

【第15話】ロボットの盲腸

~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~


長い間、ボクは自分が神様によって造られたロボットだと思っていた。どんな崖っぷちを歩いても落ちる気がしなかった。機関銃で撃たれてもきっと自分には弾は当たらないと信じていた。怖いものがなかった。だって神様が造ったロボットだ。何度でも修理できる。鉄腕アトムだって何度も生き返っているじゃないか。

高3の時に盲腸の手術をした。ボクは祈った。先生、驚かないでください。ボクは人間ではないのです。手術中に大声を出すのはやめてくださいね。これは国家機密なのです。

部分麻酔なので、ボクは天井を見つめながら、先生が驚いて手を止めるのを半分期待していた。何て説明したらいいのだろう。

「あッ」好奇心の強い父もマスクをして手術室にいたが、これは先生の声だ。「お父さん、これを見てください」先生が何かを父に見せている様子だ。

ああ、ついに判ってしまったとボクは覚悟を決めた。『お父さん、ゴメンナサイ。実の子供のように可愛がってくれてアリガトウ。でも実はボクは、お父さんの子供ではないのです。神様が造ったロボットなんです』

「こんなの珍しいですよ」と先生。そりゃそうでしょう。ロボットなんて見たの初めてでしょ、先生。「へー驚いたなあ」と父。ちょっと間が抜けた返事で緊張感がない。いったい何が出てきたんだ。変な場所を触ったらだめなんだ。「どうしたの、お父さん」とボクは訊いた。胸のあたりにカーテンのようなものがあって、先生と父の顔は見えない。すると父が顔を出して「とんでもないものが出てきたぞ」とニコニコしている。なんで笑っていられるの? まさかお父さんもロボットなの?

「パチンコの玉らしいぞ。いつ飲み込んだんだ。しょうがないなあ、これじゃあ痛いわけだ」そして「先生、これもらっていいですか」と言うと父は手術室を出て行った。そして戻って来た時には、健康ドリンクの空きビンのようなものを手に持っていた。ボクはこの日を境に、自分が人間であることを不承不承自覚し、臆病になった。

ホルマリンに漬かった盲腸とパチンコの玉らしきものを入れた健康ドリンクのビンは、父が亡くなった今も、我が家の来客を畏れさせている。