~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~
四月の朝、酒浸りの生活にウンザリしていたボクは、天気も良いので鶴見川の土手を走る十キロレースに出てみることにした。一時間以上前に到着したのだが、すでにたくさんのランナーがウォームアップしていた。やけに年配者が多い。ウェアも本格的で体つきもひょろりとして早そうだ。還暦はとっくに超えたと思えるオジさんが大きな声で隣の人と話しているのが聞こえた。
「いやあ久しぶり。先々月まで入院しててさ。肺を一個取っちゃったんだよ。医者に今日のこと言ったらさ、マラソンと命とどっちが大事なんだって言うから、もちろんマラソンだって言ってやったよ。アハハハ」うわーこりゃヤバイところに来ちゃったぞ。
スタートダッシュでコウタローのように出遅れたボクはあせってペースを乱し、前半で息も絶え絶えになってしまった。折り返しから戻ってくる老人ランナーに「がんばれ!」と声をかけられてますますヘコんでしまい、五キロで止めようかと思っていたら、若い女性軍団にゴボウ抜きにされてしょんぼりしながらも止めるキッカケをつかめず、フラフラになってなんとかあと一キロ地点までやって来た。
伴走と書いたゼッケンの人がボクの横に並んだので「がんばれ!」と言われるのかと思ったら、ボクのすぐ後ろの若い男(熱中症にでもなったかのようにぐらんぐらんに揺れていたのでボクがちょっと前に抜き去ったはずの男)に「**君。さあ、がんばって。この人を抜いちゃいなさい」とボクを指さした。ヒドイこと言うなあ。と思っていると、にわかに元気を出したぐらんぐらん男はボクを抜き去った。チクショウと思ったが足があがらない。
「さあ、**君。この人はもう大丈夫だ。ゴールはもうすぐだ。がんばれ」ちょっと待てよ、失礼じゃないか。それじゃあ、まるっきり脇役だよ。引き立て役だよ。という声も届かないほど**君は先に、いやボクが後方に引き離されて行った。
ボクより遅れてゴールしたのは、みんな脱水症状でヨタヨタになった若者ばかりで、中高年ではボクがペケ前だった。年配者はなかなかやるなあ、と年配者なのにそう思った。。