コーヒーブレイク|セイノーロジックス株式会社

【第22話】ボブの遺留品

作成者: セイノーロジックス株式会社|2024.08.29

~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~

日本の骨董品の多くが駐日アメリカ兵とその家族によって海外、特にアメリカに流出している。戦前戦後を問わず、日本芸術の到達点のひとつと言われる根付や浮世絵が大量にアメリカに流出し、一級の図録はボストン美術館など海外のコレクターや博物館が出版していることが多い。日本にはもうほとんど良いものは残っていない。現在でも古伊万里や仏像などが流出している。しかし、骨董箪笥やアンティーク家具などの大きなものは、帰国の際に日本の骨董屋に委託して売り払うことが多いらしい。火鉢や柱時計も残していくことが多い。

ボクは逗子葉山から横須賀あたりの骨董屋を回るのが好きだ。長野や群馬あたりの骨董屋では発見できないものが「アメリカ兵の遺留品」としてたくさんあるからだ。

ボブは横須賀に住んでいたらしく、逗子や葉山の骨董屋でもよく名前を耳にする。彼が帰国した時に残していった大きな柱時計が、三浦半島の骨董屋をあちこち回っていた。ボクも何度か違う店でその柱時計を見たことがある。明治の中期に服部セイコーで作られたその柱時計は長さが百三十センチもあって、そうとう壁がしっかりしていないとはがれ落ちてしまうほど重い。ボクも古物商の免許を持っているほどの骨董好きなので、それが破格値なのはよく判っていた。そしてとうとう近所の骨董屋に流れてきたボブの柱時計を、運命のようにボクは購入した。

でもボブって誰だ? ボクは会ったことがない。三浦半島の骨董屋ならみんなボブを知っているが、会ったという人に会ったことがない。

実は柱時計より前にボクはボブが使っていた三つ折りアンティークテーブルを買ったことがある。ボブはアメリカに帰ったが、まさかボクがボブコレクターになるとは思わなかっただろう。白人なのか黒人なのか。調べようと思えばできないこともないが、彼は謎のままでいい。でもつい最近またボブに会ってみたい気にさせる出来事があった。ボブが残していった鬼瓦が出て来たのだ。とてもいい顔をした鬼だ。いったい何者なんだよ、ボブ。どうしてアメリカに持って帰らなかったんだ。それよりアナタは実在したのか?

これはボクの勝手な想像だけれど、ボブは戦死したのではないかと思っている。