~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~
中学の帰り道、バスのうしろのバンバーに飛び乗ってバス停を2つぐらいタダ乗りしていたら、いっこ上の不良に空き地に連れ込まれた。「ずいぶんハデやってるじゃねえか。生意気だからブン殴ってやるから目をつむれ」ボクは歯を喰いしばって目をつむった。ビンタだろうか、パンチだろうか。パンチで殴られたことはなかったから初パンチだ。歯は折れるのかなあ。ビンタなら毎日のように先生に叩かれていたのでがんばれるけど。ところがなかなかどっちも飛んでこない。そっと目を開けるとそいつは両手をポケットに突っ込んでニヤニヤしている。
「今日はかんべんしてやる。これからは気をつけるんだぞ」
そう言って、いっこ上は行ってしまった。なんだコイツは。その後、中学で顔を合わせるとヨオッとか言ってヤケに親しげだ。弟分にでもしたつもりらしい。
ある日曜日、横浜鶴見にある曹洞宗大本山総持寺の庭で、池の亀を釣っていた。ちょっとウトウトしていたのだろうか。長年この機会をうかがっていた修行僧が、卑怯にも背後から近づいてボクを草むらにねじ伏せた。そして翌日の朝礼でボクは全校生徒に詫びるという大恥をさらしてしまった。
坊主は池の亀が何十匹もいなくなったと校長に言ったらしいが、ボクがそんなに亀を釣ってどうするというのだ。しかし弁解も空しく、とにかくとんでもないヤツだということで有名になってしまった。ボクは越境入学していたので、地元の不良中学に戻すと脅かされてひたすら小さくなって謝った。すると、いっこ上のヤツが昼休みにボクの教室にやってきた。
「なかなかやるな。仲間に入れよ」だって。亀を釣って捕まったことが、なかなかのことだとは、当時のボクでもそうは思わなかった。