2025.02.28

【第28話】会いたくない親友

~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~

商学部のボクと文学部のYが知り合ったのは、ふたりが同じクラブに入ったからなのだが、ふたりともそのクラブに出席した記憶がない。学部が違うのにいつも一緒にいたのは、ふたりが無類の麻雀好きだったことと、また他の数人とともに同人雑誌の真似事をしていたからだった。当時流行っていた石川達三や、福永武彦、それ以上に阿佐田哲也を必要以上に論じ合ったものだった。

彼のフランス語の試験中にボクが窓越しに合図をして麻雀に誘い出した時に試験官が「後で後悔するぞ」と怒鳴るのが聞こえた。「友達のほうが大事だ。馬鹿やろう」と言って彼は試験を放棄したが、その後試験官の言う通り、彼は一年間、毎週一時間も電車に乗って遠くの校舎に補習に通うハメになった。「オマエのせいでとんでもない目に遭った」とその後さんざん恨まれることになったが、とにかくかけがえのない親友だった。ずんぐりむっくりで肩までの長髪、いつもサングラスで下駄履きの彼は目立つ。オマケに秩父訛りの大きな声。

YのクラスにA君という百キロ級の足が不自由な(でも麻雀の強い)男がいた。ある雨の日、駅から大学へ向かう途中の歩道橋を、YがAを背負って登っていた。片手で大きなAのおしりを抱え、もう一方の手で傘を差し、小脇にAの松葉杖をはさんで登っていた。ボクはこのYという男を誇りに思った。嬉しい訳でも悲しい訳でもないのに涙が出て、声もかけられなかった。

いちご白書のように、就職が決まってYも髪を切りサングラスをはずした。それからほとんど会っていない。立派な会社で偉くなっているらしい。お互い学生時代のように筆マメではなくなり、年賀状だけが生きていることを確認しあう儀式となってしまった。

最近何十年ぶりかで大学のそばを通った。あの歩道橋は当時のままだったけれど、学生街はすっかり変わり果てて思い出が汚れてしまった気がした。来なければ良かったと思った。

Yはどう変わってしまっただろう。ボクはおおきく変わってしまい、彼に「あの時のオマエはどこへ行ってしまったんだ」と言われそうだ。彼にはずっとそういう立場でいてほしい。こんなことしたらアイツは何て言うだろう、といつも思う。アイツの友達として恥ずかしくない男でいたいと思う。だから会えない。いちばん会いたいヤツなのに、いちばん会いたくない。