コーヒーブレイク|セイノーロジックス株式会社

【第29話】究極のセールスマン

作成者: セイノーロジックス株式会社|2025.03.31

~ セイノーロジックス前社長、渡辺景吾が執筆したエッセイ「ゐねむりゑびす」から ~

スーツも普段着もいつも同じ店で買うことにしている。ここの店員がすごいと言うか怖いと言うか、とにかくたいした男なのだ。ボクを覚えていて「景吾さま、よくお似合いです」とか平然と言うのだ。

「あの、その景吾さまって言うのよしましょうよ。せめて渡辺さんとか。ナベちゃんとか」

「かしこまりました」と彼は言うが、次に行くとまた「景吾さま、お久しゅうございます。今日は景吾さまにピッタリのお洋服が入荷いたしました」嘘つけーと思うが、なぜかニコニコしながら試着し、結局まんまと買わされている自分が情けない。最近はこの男がいないかどうか遠くからチェックしているのだが、このマジメな男は滅多に店を休まないらしく(気のせいか、ボクを待っているような目でいつも店の外を見ている)ボクは別の店で靴下など買ってごまかしていた。

先日、ついにこの男がいないのを確認して店に入った。欲求不満を解消するようにあれもこれも抱え込んでレジに行くと誰もいない。「すいませーん」と呼んだら、ビックリするほど近いところで「はい」と返事がした。レジの向こう側から、新着の梱包を解いていた腕まくりの男が立ち上がった。その笑顔を見て思わず「うわあー」と叫んでしまった。

「あっ景吾さま。申し訳ございません、こんなところをお見せして。でもちょうど良かった。たった今このセーターが入荷したのですが、これを着こなせるのは景吾さましかいないだろうと思っていたところです」

もちろんこのセーターを追加で買ったことは言うまでもない。もうこの男から逃げられないかもしれない。