海外では数年来和食が人気を呼び、それが契機となって和食に合う日本酒も人気が上昇中です。海外への日本酒の輸出額も年々増えており、今や日本酒の伸びしろのあるマーケットとして期待されています。
2020年の日本酒(清酒)の輸出総額は約241億円です。この記事では海外における日本酒のマーケット事情を分析し、相手国別の日本酒輸出額ランキングを紹介し、上位国別の商談ポイントも解説します。
日本酒の流通に携わるみなさんは、ぜひとも参考にしてください。
本記事の内容は一般的な情報を取りまとめたものであり、状況によって異なる場合がございます。また、弊社サービスではない部分もご紹介しております事、あらかじめご了承ください。
まずは近年の海外における日本酒人気の背景にあるものを、探ってみましょう。
日本では2007年1月に、観光立国を重要な施策に掲げた観光立国推進基本法が施行されました。その翌2008年には観光庁が設置されます。その後、免税措置やビザ要件の緩和を始めとしたさまざまな振興策が積極的に取られました。
官民挙げてのビジット・ジャパン事業の展開や、近隣諸国の観光旅行の緩和や解禁、円安基調なども相まって、訪日外国人旅行者数は2013年頃から急増していきます。
2005年には670万人だった訪日外国人旅行者数は、2015年にはおよそ3倍の1,973万人を数えました。45年振りに、日本人海外旅行者数を訪日外国人旅行者数が上回ります。訪日外国人の間で和食の認知が向上しただけでなく、訪日後に現地の和食レストランを訪れる人も増えました。
NTTコムによる、直近の1年間に訪日したアメリカ人とイギリス人が対象の2017年の調査では、訪日中に約8割が日本酒を飲み、約6割は酒蔵を訪れたと回答しています。
参考:『訪日外国人観光客の再訪日促進と日本酒ツーリズムの可能性』に関する調査結果-NTTコムリサーチ調査結果
訪日中に本物の和食を食べた経験から、海外でも和食のクオリティが求められるようになりました。寿司もそれまで人気があったのはカリフォルニアロールのような和洋折衷の巻物でしたが、純日本風の握り寿司などの人気が高まります。
折からのヘルシー志向が高まるアメリカを中心に、和食のヘルシーなイメージも和食人気を後押ししました。
これらの和食人気によって、あたかもフランス料理にワインが欠かせないように、和食に合う日本酒が注目されるようになったのです。
実際に日本酒(清酒)の輸出量が、目立って増加し始めたのもインバウンドが激化した2013年からとなっています。
欧州ではグローバル化の進展とともに、国境を超えた「ヒト・モノ・カネ」の移動のハードルが低くなっています。欧州からのインバウンドの増加はもちろんですが、欧州への和食レストランの進出も活発です。
2015年には2013年の2倍近い10,550店のオープンという、爆発的な増加を見せました。ただし、欧州の和食レストランは現地の価格帯に合わせたチェーン店です。クオリティは本場の和食におよばず、価格は割高です。
そのため、訪日した欧州の人は和食を体験して味と価格に大満足を得ています。
欧州では和食ブームの波に乗り、日本人ではない人たちが和食レストランと銘打って経営していることも多いため、より本格的な和食レストランが求められているのです。
とはいえ、玉石混交ではあってもフランスやイタリア、スペインなどの食文化の先進国で和食ブームが盛り上がっており、それに伴って日本酒人気が高まっています。
もう一つの日本酒ブームの要因として、2013年12月にユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の無形文化遺産に和食が登録されたことも関係しています。
もちろん下地として、かねてからの日本ブームの一環で和食文化に対する世界の関心が集まっていたからこその快挙です。それでも文化遺産登録を気に、和食に対する関心が一層集まり始めたのは間違いありません。
そして、インバウンド効果や海外での和食レストランの増加もあいまって、和食ブームは大いに盛り上がりを見せます。必然的に、和食を嗜む際に欠かせない日本酒の需要が、世界各地で増えたのです。
日本酒造組合中央会によれば、2013年から2018年度までの9年間で日本酒の輸出額はおよそ3倍に伸びて、200億円を突破しています。
2020年における日本酒(清酒)の輸出総額は約241億円(前年比3.1%増)です。また、日本酒の輸出総額ならびに輸出単価は、実に11年連続で過去最高記録を更新しています。
国別の日本酒の輸出額ランキングの一覧表を掲載しておきましょう。
ほとんどアジア勢が占める第1位から第6位までの中で、アメリカが第3位に食い込んでいるのは印象的です。
順位 | 国(地域)名 | 金額 | 対前年増減率 | シェア |
第1位 | 香港 | 61.8億円 | +56.7% | 25.6% |
第2位 | 中華人民共和国 | 57.9億円 | +15.8% | 24.0% |
第3位 | アメリカ合衆国 | 50.7億円 | ▲25.0% | 21.0% |
第4位 | 台湾 | 14.3億円 | +5.3% | 5.9% |
第5位 | シンガポール | 11.1億円 | +30.0% | 4.6% |
第6位 | 大韓民国 | 9.8億円 | ▲28.0% | 4.1% |
第7位 | オーストラリア | 4.9億円 | +11.9% | 2.0% |
第8位 | カナダ | 4.3億円 | ▲21.6% | 1.8% |
第9位 | ベトナム | 2.8億円 | ▲25.8% | 1.2% |
第10位 | マレーシア | 2.7億円 | +14.8% | 1.2% |
出典:財務省貿易統計
ここからは、上位3ヶ国の日本酒を受け入れている状況と、各国のトレンドを紹介します。
2020年の日本酒輸出額が61.8億円で第1位の香港では、吟醸の香りが高いものや甘みの少ないもの、濾過されていない生酒も好まれています。
季節の日本酒もおおむね1週間後に入手可能です。スパークリング系の日本酒、梅酒、柚子酒などの人気も上々で、酸味の強いタイプの日本酒はそれほど人気がありません。
香港国際空港の免税店では、2016年の7月から日本酒の販売規模を積極的に拡大しています。香港での卸値はほぼ日本の小売価格に匹敵します。販売店はその卸値に50〜100%の利益をプラスして小売するのが一般的です。
レストランでは通常、卸値の3〜4倍の価格でメニューに加わります。最もボリュームとなる価格ゾーンは、卸値で1本あたり2,000円程度のものです。
旧正月、バレンタインデーやクリスマスなどのギフトが盛んになるシーズンには、縁起が良いとされる赤いラベルや瓶の日本酒がよく販売されています。
香港にはダブルインカムの家庭が多くて、彼らは毎晩のように外食をしますが、酒類を持ち込めるレストランが少なくありません。とりわけ酒類の販売免許を持っていない地方の飲食店では、顧客が持ち込みで日本酒を楽しむケースがよく見られます。
香港のバイヤーを相手に日本酒を提案する場合は、絞り込んでどのような料理に適しているかを伝えれば、バイヤーは選びやすくなります。ただし、付加価値や差別化につながる、それぞれの銘柄が持つ独自のストーリーが大切です。
また、レストランと販売店で流通している銘柄が異なる場合がよくあります。販売店で売られている銘柄は価格が明らかなので、レストランでは取り扱わないケースがあるからです。
そのため、卸す先をレストランか販売店のどちらかに、ある程度絞るほうが商談がスムーズに進むでしょう。
アルコール度数が30%を超える銘柄は、購入側に輸入ライセンスが必要です。裏返せば30%未満の銘柄はライセンスが不要なので、小さなレストランや個人でも商談の対象となります。
2020年の日本酒輸出額が57.9億円で第2位の中国では、国民の収入が増えて生活水準が上がるにつれ、日本酒自体の品質に加えてどんなシーンで楽しむかも重要になってきました。
現在、中国では「80後」と呼ばれる1980年代生まれの層がメインの消費者です。情報化社会が進む時代に育ってきた彼らは、飲酒の習慣や価値観が上の世代とまったく異なります。日本酒の包装の見栄えなどにも、センスと個性が必要です。
また、全世代を通じて自国の白酒などの伝統的な中国酒だけでなく、海外の酒文化を広く受け入れるようになってきました。健康志向と食の安全への取り組みによって、酒類の消費はかつてないほど合理的になっています。
とはいえ一方では高価な大吟醸が高く評価されており、有名な銘柄の中にはレストランにて日本円換算で1本5万円近い価格で出されるケースもあるくらいです。
中国では日本酒が贈り物として好まれるので、化粧箱やラベルには和風の意匠を凝らし、精巧で美しくて格調高くなければなりません。
筆書きのブランド名や和紙素材のラベル、浮世絵調、金箔使いや紅や藍などの華やかな色のように、ひと目で日本とわかるものが人気です。
ひらがなも和のイメージにつながるので好まれます。ただし、ひらがなばかりだと読めなくなってブランドが認識されなくなるので、適度に漢字混じりがよいようです。
以前は、中国の人は熱燗を好んでいましたが、近頃では冷酒が普及しつつあります。そのため、冷酒で飲むと美味しい地酒などもバイヤーに好まれるでしょう。
2020年の日本酒輸出額が50.7億円で第3位のアメリカでは、最大の和食レストラン軒数を誇るカリフォルニア州が日本酒消費量もアメリカ随一です。
その背景にある要素は古くからの大規模な日本のコミュニティや多数のアジア移民などの存在でしょう。また、アジアからの玄関口としての巨大な貿易港や日本の大手食品商社の本社、アジア系食品会社の物流の物流拠点などの存在もしかりです。
西海岸での和食文化の浸透はほかの州よりもはるかに進んでおり、日本酒に対する意識も高いと考えられています。日本酒の販路として魅力的な地域といえるでしょう。
輸出される日本酒の流通先は和食レストラン、フュージョンレストラン、日系スーパーマーケット、一部のアメリカのスーパーマーケット、中国系スーパーマーケット、オンラインショップなどです。
日本酒マーケットの規模は拡大していますが、数百銘柄の日本酒がアメリカ向けに輸出されているため競争は熾烈です。
日本酒は通常、和食レストランで料理と一緒に飲まれます。飲むきっかけは家族や友人のすすめが多いようです。
日系スーパーマーケットの品揃えが豊富な店では、常に大吟醸や純米酒などの多くの日本酒の瓶や紙パックが陳列されています。
ロサンゼルスのレストランは、他店と同じ銘柄の日本酒を出す傾向があるようです。一方、ニューヨークでは他店では出さない銘柄を好む傾向にあります。
ロサンゼルスのレストランは広域に点在しており、他店と差別化するよりも顧客に馴染みのある銘柄がすすめやすいので、どの店も同様の商品を扱う傾向があるのでしょう。
ニューヨークでは日本酒の消費量がマンハッタン周辺のレストランに集中しているため、他店と差別化を図るためのようです。
また、ニューヨークではアメリカのバイヤーが主催する日本酒試飲会などのイベントが、頻繁に開催されており、目新しい銘柄への関心が高いことも理由に挙げられるでしょう。
そういった各地の地域特性の情報もよく調べた上で、商談するのが賢明です。
海外において需要が高まり輸出量が増えゆく日本酒ですが、さらにマーケットを拡大するためには現状での課題もあります。それを踏まえて今後の展望を見ていきましょう。
日本が輸出する日本酒の多くは、和食レストランを中心として、アジア系レストランで提供される外食需要に向けられています。
海外で日本酒がより一層広まってゆくためのキーワードは「家飲み」でしょう。外食だけでなく、自宅でも日本酒を楽しむ人が増えると、日本酒マーケットの裾野は果てしなく拡がることになります。
地元のスーパーマーケットや酒販店で、ビールやワイン、ウイスキー、ウォッカなどと同様に日本酒を選んでもらえるようになると、日本酒の輸出が更に伸びるのも間違いないでしょう。
また、そもそも海外では日本酒未経験の人がまだまだ多いです。甘口や辛口の区別、飲み方ごとの適切な温度、食事との相性などの基本情報や、ワインのように味を想起しやすいコメントをラベルに添えるなどの努力が望まれます。
日本においては、日本酒はどんな和食にも相性が良いので、とりたてて特定の料理と日本酒の銘柄を結びつけて飲むことはさほど見られません。
ところが海外では,和食レストランが増えて競争が激化し、差別化を図るために特定の料理とマッチングさせる日本酒のバリエーションが積極的に増やされています。
さらには、和食とのマッチングはもとよりイタリアンやフレンチ、中華料理などとのマッチングも重視され始めています。
また、無国籍料理やフュージョン料理などの型にはまらない柔軟な料理スタイルが発展して、それらに日本酒のマッチングを試みる動きも活発です。
彼らの一連の活動は、日本酒のポテンシャルを開花させて愛好者を増やすことにつながるのではないでしょうか。
このように、海外で食の現場に携わる人たちが、日本酒の良さを積極的に顧客に啓蒙しようとしています。これは日本酒の今後にとって、非常に心強いことです。
海外の現地で醸造される日本酒も出てきています。日本の蔵元が海外で酒造りをするのです。これには日本酒の製造技術を活かしながら、各国・地域の食文化に合わせた味わいに仕上げようという目的があります。
また、日本酒を造る技術に興味を持ち、来日して製造法を学ぶ外国人も増えました。その人たちは本国に戻って日本酒を造り、広めるでしょう。
これらの動きは、日本酒の輸出と競合する脅威と考えるべきではないでしょう。日本酒文化が海外に浸透すればするほど、世界のすみずみに日本酒を日頃から楽しむ層が増えてゆき、輸出の水嵩は増すに違いないからです。
ほかにも日本酒をあたかもワインのようにギフトとして贈る文化が、前述の中国だけでなく海外各地で浸透しつつあります。そのため、格調高い高級日本酒も人気が上昇しているのです。
このように大衆的なものから高級感があるものまで、日本酒を愛する人が増えゆく傾向は、日本酒の流通に携わるみなさんにとって頼もしいことでしょう。
日本政府はグローバリズムの大きな渦の中で、一方では日本の先端技術で世界に存在感を示そうとし、他方では日本酒を始めとした日本独自の文化のプライオリティをさらに高めようとしています。
そして日本酒の輸出に関して、ポテンシャルは大きいと認識し、日本酒業界を応援しつつ以下のような打ち出しをしています。
また、農林水産物と食品全体の輸出額を2025年までに2兆円、2030年までに5兆円とする目標を掲げ、酒類では日本酒、ウイスキーおよび本格焼酎、泡盛を重点品目とし、チャネル拡大と認知度向上のための施策を積極的に実施しています。
さらに国税庁やJETRO、全国卸売酒販組合中央会などを主体として日本産酒類輸出促進コンソーシアムを立ち上げ、海外バイヤーと日本酒の卸売業者とのオンライン商談会にも注力しています。
このような官民を挙げての熱い普及戦略や、海外における食の現場に携わる人たちの活発な日本酒啓蒙活動、日本酒を文化として受け入れる静かで力強い潮流などを見るかぎり、海外での日本酒の未来には希望があると考えてよいでしょう。
なお、日本酒の輸出手続きや相手国別の注意点については、以下の記事で詳しく紹介しています。ぜひ参考にお読みください。
【徹底解説】海外で人気沸騰!日本酒の輸出手続きと相手国別の注意点
https://sake-5.jp/overseas-circumstances-of-sake/
https://www.nta.go.jp/about/council/sake3/201125/shiryo/pdf/02.pdf
https://jp.sake-times.com/special/project/pr_ozeki_006
https://www.sawanotsuru.co.jp/site/nihonshu-columm/enjoy/sake-recommended-for-foreigners/
https://sakenoshizuku.com/sake-overseas#i-3
https://www.digima-japan.com/knowhow/world/6775.php
https://www.sawanotsuru.co.jp/site/nihonshu-columm/enjoy/sake-recommended-for-foreigners/
https://jp.ub-speeda.com/ex/analysis/archive/73/
https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2020/sake_yushutsu/0021001-122.pdf