パンデミックが引き起こした2021年後半のアメリカ西岸港湾における空前の混乱は、国際物流に大打撃を与え、貨物は遅延する上に輸送費は10倍に跳ね上がりました。
西岸港湾の異常な混雑が及ぼす影響は依然として続き、アジアからの貨物が集中する西岸では貨物遅延が常態化しています。
そんな状況下で2022年5月12日から始まったアメリカ西岸港湾の労働協約改定交渉の行方は、輸送費の高騰と貨物の遅延に苦悩する日系企業を含む国際物流関係者にとって最大の関心事です。
前回の2014年西岸労使交渉は越年交渉となり、荷主は急遽航空輸送に切り替えたり、代替ルートを使用したりなどの対応を迫られました。
今回の記事ではアメリカ西岸港湾労使交渉とはどういうものかを紐解き、過去の経緯を掘り下げた上で、すでに始まった2022年交渉の展望について解説します。
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アメリカ西岸港湾の労使交渉とは、アメリカ西岸の港湾施設で働く労働者の組合と雇用主を代表する団体との労働協約改定交渉を意味します。
この改定交渉は、近年ではおおむね6年ごとに行われますが、それ以前には3年ごとに行われてきました。交渉はおおむね穏便に運ぶのが常であって、大きなトラブルはなく進んできたものの、2002年に初めて交渉決裂の事態に陥ります。
このとき雇用主側はロックアウト(港湾封鎖)を挙行し、その結果国際物流は大混乱に陥りました。それ以来、アメリカ西岸労使交渉は毎回、世界から注目されるようになったのです。
ここではアメリカ西岸港労使交渉のアウトラインと、2002年以降の交渉の経緯を詳しく見ていきましょう。
交渉の当事者はILWU(International Longshore and Warehouse Union:国際港湾倉庫労働組合)とPMA(Pacific Maritime Association:太平洋海事協会)です。
前者は西岸港湾の労働者が所属する労働組合を指します。ロサンゼルス港やロングビーチ港を含む、アメリカ西岸29港の港湾施設で働く労働者が加盟する、およそ15,000人規模の労働組合です。後者は同29港の港湾施設における雇用主の団体となります。
2022年の改定交渉は5月12日から開始されています。ILWUは6年に一度の条件改善のために、ストライキというカードをちらつかせながら、少しでも有利な条件を勝ちとろうというスタンスです。
港湾の業務は新規参入が難しく、その上アメリカ向け消費財の多くは中国をはじめとしたアジア諸国からの輸入に依存しています。アジアからの船舶を迎える玄関口は、ずばりアメリカ西岸港湾といってよいでしょう。
そういう背景から、労使交渉決裂で西岸のサプライチェーンを止める事はアメリカ経済の停滞に直結するので、ILWUは毎回強気の交渉をしているわけです。
アメリカ西岸港湾の労働協約改定交渉の経緯について、交渉決裂となった2002年以降の3回の交渉にフォーカスして紹介します。
2002年は5月から交渉が始まりました。主な争点は基本である賃金と福利厚生のほか、ILWUが管轄する職域の問題や荷役業務の自動化などです。決着がつかないまま7月を迎えてひとまず労働協約は失効します。
その後も港湾におけるオペレーションは継続しましたが、結局労使間交渉は決裂してしまいます。9月に入ってILWU側が意図的に業務を遅延させるスローダウン戦術(牛歩戦術)を行いました。
それに対抗してPMA側は9月29日から港湾封鎖(ロックアウト)に踏み切ります。これにより入港ができないコンテナ船群は沖待ちを強いられ、輸出入に多大な影響を及ぼしました。
当時のロックアウトによる経済的損失は、1日当たり最大10億ドルです。
このロックアウトは、アメリカ経済とグローバルサプライチェーンに深刻な打撃を与えました。直撃を受けた製造業や小売業、農業などの50を超える業界団体は当時のブッシュ大統領に対し争議差し止めを要求します。
タフト・ハートレー法によれば、アメリカ大統領は国民の健康と安全が脅かされている国家緊急事態であると判断した場合に、裁判所に労働争議(ストライキやロックアウトなど)に対する80日間の差し止め命令を求めるよう司法長官に要請できます。
ブッシュ大統領は産業界の意向を受けて10月8日、サンフランシスコ連邦地裁にロックアウトの強制解除を要請しました。
同連邦地裁は翌9日、強制解除の仮命令を発して組合員を職場に復帰させ、騒動は収束します。これによって争議禁止を条件とする80日間の団体交渉が始まり、11月23日に暫定合意に至りました。
2002年の教訓を踏まえた2008年の改定交渉は3月から始まりました。争点は前回同様に賃金や職域問題、荷役業務自動化などです。7月に入って労働協約が失効した後も交渉は継続されます。
途中、すべての港湾作業員が一斉にサボタージュを実行する戦術を取り、港湾の湾処理能力が著しく低下することもありました。
しかしこの時期のアメリカは景気に低迷傾向が見られ、西岸港湾でも貨物の動きが多少鈍くなり始めていた頃です。そういう背景も手伝って物流の大きな混乱は起こらないまま、7月28日に暫定合意に至りました。
2014年の改定交渉は5月から始まりました。賃金や福利厚生および職域問題や荷役業務自動化などの、引き続き取り上げられている争点に新たなものが加わります。
事の起こりは健康保険への課税負担が、医療保険制度改革(オバマケア)によって大幅に増えたことです。一定の高額保険料に対し、超過分の40%が課税されるのでPMAの追加負担が最大1億5,000万ドルにのぼります。
そこで、それまで全額を負担していたPMAが労働者にも負担を求めたことが、改定交渉の大きな争点となりました。
交渉は難航しつつ、7月に入って労働協約が失効した後も港湾のオペレーションは継続します。しかし新労働協約をめぐる交渉は徐々に紛糾し、11月に入ると労使の対立は先鋭化しました。
ILWU側のスローダウン戦術によって西岸港湾の混乱が拡大し、経済的損失は2002年を遥かに上回り、1日当たり20億ドルに昇ります。
アメリカ経済とグローバルサプライチェーンが未曾有の大打撃を受ける中で年が明け、ここにきて米国連邦調停局(FMCS)が仲介を開始します。
2015年2月に入ると交渉は山場を迎え、PMA側は大幅に譲歩しました。最大年金受給額引き上げや5年間の約3%の昇給に加え、オバマケアによる追加負担を雇用主側が負うことや労働者の職域拡大を含む提案を示したのです。
それでも強気なILWUとの合意には至りません。業を煮やしたPMAは2週連続で休祝日の本船荷役中止などの強硬措置を取り、あわやロックアウトも懸念される事態となりました。
しかし、オバマ政権下の連邦政府からペレス労働長官が派遣され、その仲介によって2月20日の段階で新労働協約の暫定合意に至ります。組合員投票を経て正式に発効する運びとなりました。
合意内容は非公開ですが、PMAの最終的な提示に近いものだと思われます。
前回は開始から9ヶ月を要した長期に渡る交渉でした。改定した労働協定を締結する際に、次回は2019年に改定交渉を行う旨が決められています。
しかし西岸の労使双方は、アメリカ東岸の労使交渉の状況や自動化定義の問題で、交渉の難航を予想しました。そこで早々と2017年5月に、本来2019年6月末まで有効な現行の労働協約を2022年6月末まで3年間延長することを決めました。
前回が労使交渉のもつれによって1日当たり20億ドルの経済的損失を生んでしまった経緯を踏まえ、港湾関係者は同様の事態はもう避けたいと考えたのでしょう。
次回の後編記事では、労使協定がもたらす経済やサプライチェーンへの影響についてお話しいたします。
後編記事:アメリカ西岸港湾の労使交渉がもたらす影響と2022年の動向