前編ではアメリカ西岸港湾の労使交渉について、過去の経緯を紐解きました。
前回の記事:アメリカ西岸港湾の労使交渉とは?
後編では労使交渉が世界にもたらす影響と、すでに始まってる2022年労使交渉の動向について、注目しておくべき材料を挙げながら見ていきましょう。
本記事の内容は一般的な情報を取りまとめたものであり、状況によって異なる場合がございます。また、弊社サービスではない部分もご紹介しておりますことを、あらかじめご了承ください。
アメリカ西岸港湾の労使交渉は、単に北米の1エリアの労使交渉にとどまるものではありません。世界にさまざまな影響をもたらします。
2014年5月に始まった労使交渉は11月に対立が激化して、前述の通りILWU側がスローダウン戦術を展開する中で、荷役効率が通常の40~60%にまで著しく低下しました。
荷役効率の低下は取り扱える貨物量の大幅な減少に直結します。これらの混乱は、本船貨物積み下ろしやコンテナヤード(以下CY)における搬出および搬入にかかる時間が遅延することから始まります。
これによって貨物をCYに下ろせない問題や、CY内の貨物を積んだコンテナが荷下ろしできずに空コンテナ(輸出用/復航用コンテナ)を確保できない問題が発生します。
この状態が続くと、溜まりゆくコンテナの蔵置場所が確保できません。貨物積み下ろしや空コンテナ搬入が一層困難になり、次の船便が到着しても滞船を強いられるという悪循環に陥ります。
2022年の直近の状況では、4月19日の段階で9日以上ロサンゼルス港湾内に停滞する輸入コンテナ貨物の量は2万2,413TEUとなり、その20日ほど前の3月29日(1万5,708TEU)から42%も増加しています。
アメリカのすべての輸入品のうち、およそ40%がアメリカ西岸を経由して国内に入ります。そのため西岸の港湾の混乱は、アメリカ経済に多大な損害を与えました。
前述のように1日当たり約20億ドルにも及ぶ莫大な損失が日々発生するのは、尋常ではありません。
港湾の混乱は日本経済にとっても大きな影響があります。
2014年のアメリカ西岸港湾の混乱の影響で、2015年に複数の大手自動車メーカーの北米工場では自動車部品の納入の遅延が起こり、減産や生産停止を強いられました。
ノックダウン方式と呼ばれる、日本製の部品をアメリカで組み立てる生産体制を取っていたためです。また、他の大手自動車メーカーでは自動車部品をやむを得ず空輸するために航空便をチャーターし、そのコストは1ヶ月で70億円に及びました。
また、同じく2015年の大手ファストフードチェーンによる、フライドポテトの販売中止も記憶に新しいのではないでしょうか。
1,600トンを東岸経由で、1,000トンを航空便で緊急輸入したものの、不足を解消するに至らなかったと発表しています。
アパレル業界においても西岸港湾にて貨物の受け渡しが行えず、急遽航空便にシフトして膨大な追加コストが発生した企業がありました。
2022年4月28日に米国商務省が発表した2022年第1四半期(1~3月)における実質GDP成長率速報値は、マーケットの大方の予想である年率1.0%を大きく下回る年率マイナス1.4%となっています。
経済の下押し圧力としては、パンデミックによる景況悪化からの経済活動の正常化に伴う物流遅延および、サプライチェーン障害もいたるところで顕在化しています。
とりわけ象徴的なのは、全米の輸入貨物取扱量のおよそ40%を占める西岸のうち、ロサンゼルス港とロングビーチ港の主要2港の混乱です。
パンデミック下でのアメリカ政府による活動制限の結果、巣ごもり需要による消費が大きな盛り上がりを見せ、2021年の貨物取扱量は前年比およそ30%アップで推移しました。
西岸主要港の筆頭であるロサンゼルス港の同年の取扱貨物総量は1,070万TEUとなり、史上最高を更新しています。
一方、内陸輸送を担うトラックドライバーや港湾の荷役労働者などが不足しており、膨れ上がる輸入量に対応できていません。同年10月には西岸に入港中および入港待ちを合わせたコンテナ船が、実に100隻を超えました。
混雑回避をねらって東岸にシフトする動きが生じた結果、港湾混雑はアメリカ全土に波及し、折からの貿易不均衡によりアメリカ側に大量の空きコンテナが発生する事態となりました。
2021年、クリスマス商戦前の繁忙期を迎える10月中旬、バイデン政権は物流停滞のボトルネックを取り除くために、ロサンゼルス港における24時間体制の稼働開始を発表しました。
また、長期化する港湾混雑の解消策として、同港での滞留コンテナと紐づく海運業者に対して1日単位で課金するプログラムを発表しています。
余談ですが「米国内への製造業回帰」や「デカップリング(中国との経済活動の切り離し)などの政治的掛け声とはうらはらに、多くの消費財が中国などのアジア諸国をはじめとする海外からの輸入に依存している状況が、西岸港湾の混乱で浮き彫りになりました。
パンデミックの猛威が吹き荒れる中で、港湾労働者は感染リスクと向き合いながら業務を行ってきました。人手不足が深刻化する労働市場では賃金上昇が続いています。
西岸港湾の混乱による物流の停滞は長期化の様相を呈しており、足元のインフレを助長する大きな要因といえるでしょう。
2021年の春頃から兆しが見られた物価上昇は、当初は食品やエネルギーなどに範囲も限られた一時的な現象だと思われていました。
ところが物流や労働市場の回復の経過に目を向ければ、パンデミックに起因する経済活動の歪みが是正されて復旧するまでには、タイムラグが生じることは明白です。
しかもエネルギー価格や原料価格の上昇は、その波及する裾野が多分野に広がりを見せており、2022年の米国経済にとって深刻な脅威となっています。
2022年4月13日のブルームバーグの報道によると、ILWUのウィリー・アダムス委員長は4月12日、西岸港湾における労働協約改定交渉に先駆けてロサンゼルス港湾局のジーン・セロカ局長との対談で、新労働協約は現行の協約期限(6月末)のタイミングで合意に達する可能性が高いと述べています。
一方、雇用主側であるPMAのマッケンナ会長は5月7日、出席したロサンゼルス港湾局の会合において、労使ともに基本スタンスは協力的であるとしながらも、現行の協約期限を過ぎても交渉は続くと述べました。期限内の新協約締結は難しいとの見解を示しています。
その労使交渉は、すでに5月12日から開始されました。
今回の争点は賃金と福利厚生の基本に加えて、前回までも争点となってきた荷役作業の自動化が重要議題に上がる可能性があるとブルームバーグは報じています。
2022年3月1日、労働協約改定交渉が迫る中で全米49の業界団体がバイデン大統領に書簡を送り、大統領の労使交渉への積極的な関与を要請しました。
書簡は米商工会議所をはじめ各分野の業界団体が連名で港湾での貨物処理の遅延、コンテナの滞留、輸送費高騰を避けるためにも可及的速やかかつ継続的に関与するよう求めています。
また、労使交渉の不透明感が西岸港湾における現場のオペレーションに悪影響を及ぼしていると指摘しました。
さらに過去における労使交渉のもつれに端を発した港湾の混乱によって、マーケットの損失が1日当たり10〜20億ドルの損失となり、アメリカ国内の企業に長期的な損害を与え消費者の信頼も損なうことになると強調しています。
過去の改定交渉においても争点となってきた荷役作業の自動化、言い換えれば港湾設備の自動化が、2022年交渉の最大の争点とする向きが多いのは事実です。
ILWU側は一貫して荷役自動化を、労働者の業務を奪う脅威となると見なしています。PMAの主張とはまったく相容れないスタンスです。
港湾設備の自動化に関して、PMAが2022年5月2日に発表したリポートでは、アメリカ最大の複合コンテナ港湾であるロサンゼルス港とロングビーチ港の13のコンテナターミナル(以下CT)のうち2つのCTで自動化が導入されたことに言及しています。
そして「自動化はILWUと環境と貿易の3者にとってWin-Winの関係を明らかに構築している」と結論付けました。
さらに、自動化CTの処理能力は自動化前と比較して44%向上したと述べた上で、2015年から2021年の間の非自動化CTにおける労働者の有給労働時間が13.9%増であるのに対し、自動化CTではその2倍を超える31.5%増であると指摘しています。
荷役自動化による雇用喪失を懸念する意見に対して、反証を述べたかたちです。加えて港湾で使用されるハイブリッド車や電気自動車は排ガスも抑制され、港湾労働者や周辺住民の健康面にも利益があるとしました。
さらにPMAは同5日に、西岸港湾の混雑がアメリカ経済に与える影響についてのリポートも発表しています。
同リポートでは西岸港湾が年間2兆ドルに及ぶ莫大な経済的価値を創出する反面、港湾の混雑の長期化は、処理能力を拡大しつつある東岸への貨物の流出を招くことを指摘しました。
そして西岸が持つ経済成長のエンジンとしての機能が将来的に弱まると、警鐘を鳴らしています。アメリカ経済への影響を背景として、ILWUに対し早期妥結に向けて圧力をかけているのでしょう。
これに対して同6日、ILWUはアダムス委員長の署名入りのPMAに対する公開書簡を発表しました。その中では西岸港湾の労働者はパンデミック下において、記録的な物量の貨物を懸命に処理して、マーケットに貢献したことを強調しています。
また、西岸のCTの多くが「平時の10倍の運賃を請求する海外の巨大な船会社」の系列企業の運営であることを指摘しています。その上で労働者をロボットに置き換えようとしているのに加え、自動化促進には安全保障上のリスクがあることに言及しました。
労使交渉開始を3日後に控えた5月9日、PMAの会長が公式サイトを通して、労使交渉に臨むにあたっての基本方針を明らかにしました。
パンデミック下でオペレーションを継続した協議の進行、労働者に対する世界的に最高水準の待遇の提供、増えゆく貨物の処理に対応するためのCTの近代化、環境コンプライアンスへの対応などを基本方針として交渉に臨むとしています。
「業務の安全性と訓練の優先」の項目では、港湾労働者に対して将来的に身につけるべきスキルを習得するためのトレーニングプログラムと、それを受講する機会を創出することを強調しました。
すでに2022年2月から初の研修施設の建設に、ロサンゼルス港の協力の下で着手していることや同施設で港湾労働者としての技能向上を図っていく決意を述べています。
一方、港湾労働者に対して全米平均年収の約3倍の待遇を提供していることを紹介しています。さらに組合員の医療・年金制度は雇用者側が負担し、1人当たり約10万ドルの年金パッケージを提供しています。
このほか、今回特にフォーカスされている自動化設備導入に関して、基本方針の中で改めて主張しています。
その中で、都市部に囲まれているロサンゼルスおよびロングビーチ両港は、環境的に敷地拡張の余地が少ないことを挙げ、CTの敷地拡張抜きで処理能力向上を実現するには自動化が不可欠であると結論づけました。
またILWU側をけん制するために、自動化はサスティナビリティの面でも環境規制に対応できるメリットを強調しています。